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2007年12月

男前な介護等体験実習生

月曜日が通園施設ボランティアなら、火曜日は養護学校ボランティア。
他の曜日は学校へ行ったり、何もなかったり、結構ぐだぐだしてます。

養護学校は1回2時間、しかも歩いて行ける距離、しかも身体介助等はさせてもらえないので大したことはやっていません。
なので、通園施設での方が大変だけど楽しいのですが、養護学校は養護学校の楽しさもあります。
この養護学校は肢体不自由の養護学校で、車椅子(手動・電動)や歩行器などを使っての移動ができる子も少なくないので、私が昨年実習をした学校よりも全体的に軽度な印象です。(実習校の場合は「(車椅子等も含めて)自力で移動できない児童」が入学条件なので…)

私が入っているのは中3生16人のクラス。
先月はこのクラスに教育実習生、今日は介護等体験学生がいました。
大学1年?の男の子で、これが野球部所属の体育会系さわやか好青年。(しかも男前)
おかげで女の子たちのテンションの高いこと高いこと。
みんな目がハート型になってます。
教室移動の時も、ある女の子に「○○さん(好青年)と一緒に行ってもらったら?」と先生が声をかけるとニッコニコの笑顔で「うん!」

はいはい、そうですか。
いくつであっても女の子は男前に弱いのです。
しかも彼女らは15歳、思春期まっさかり。
喜ぶなっても無理な話です。

以前体育の授業の後に、とある女の子から某男性教員(元テニス部ということでこちらも結構男前)と一緒に教室に帰るからあっち行って…と追い払われたこともあったっけ。

先生いわく「Qさん(私のこと)は男の子たちが毎週楽しみにしてるのよ~」とのことですが、まぁ先生無理しなくていいです。
でもまぁ、「私」のことはともかく、男の子でも女の子でも異性のボランティアに興味を示すのは当然かもしれませんね。
この学校は介護等体験や教育実習以外にも、ボランティアを積極的に受け入れてるから、子ども達も「今日は○○さんが来る日」と結構楽しみにしているようです。

とりあえず年内の養護学校ボランティアはこれで終わり。
来年は2月に再開する予定です。
ほっとしつつも寂しい師走です。

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もはやボディペインティング

毎週月曜日は、片道1時間半かけて母子通園施設(障害児が保護者と通う幼稚園のような所)へボランティアに行きます。

私が入っているぶどうクラスは、歩けない子のクラス。
一口に歩けないとは言っても、バランスは悪いながらもある程度歩ける子から、補助があれば歩ける子、お座りができない子や、寝たきりの子までいろいろいます。
一部には人工呼吸器をつけてる子もいれば、呼吸は自力でできるけど痰を出すのがヘタでサクション(吸引)が必要な子、気管切開してる子もいます。
年齢的にも2歳くらいから年長さんまでいるので、基本的には大きい子と小さい子で別プログラムです。

私は基本的に大きい子のグループに入っていますが、今日は小さい子のグループ。
今日は子ども4人でクリスマスツリーの色塗り。
模造紙にクリスマスツリーの輪郭が描かれていて、その中を手で緑に塗ります。
子ども達はあらかじめツナギを着て、準備万端。
ママ達は、クリスマス会の準備のために別室で製作、保育士3人と私でマンツーマン。

最初は大きな座卓の上に模造紙を広げてやっていたものの、そのうち子どもの手の届かない所が出てきたため、急遽机をよけてブルーシート上で再開。
いや、スゴイことになりました。
みんなツナギが絵の具まみれ。
絵の具まみれで転がってブルーシートをはみ出す子。
しかも4人中3人までが絵の具をなめる。
手を口元に持って行きそうになったら、即座に止めるるのですが、それでも間に合わないことがしばしば。
いくら子ども用絵の具とはいえ、飲み込んでいいものではないので、大人はみんな布巾で子どもの舌を拭い、よだれと絵の具にまみれた口元を拭く…。
その間にも子どもは手足を緑色にしてべたべたべたべた…。
終了後は即刻お風呂場へ連れて行き、戻ってきたママは着替えを持って追いかけていきました。

家に帰ってきて、その話を母(元保育士)にした所…
昔(20年以上前)、保育室のベランダの窓ガラスで子ども達にボディペインティングをさせて園長にこっぴどく叱られたそうです。
「ホントは絵の具をしばらくそのままにさせて、ステンドグラスみたいにしたかったのに~」と恨めしそうな声で話す母。

母「そういやあんたの所(ボランティア先)は、そんなに(全身絵の具だらけ)にさせて、気管切開の子とか大丈夫だったわけ?」
私「今日やった子たちにはいなかったからね~…あっでも、去年の養護学校実習の時は気管切開の子達もそこだけガードしながらボディペインティングしたよ」
母「ん~時代は変わったのね~」

確かに時代は変わったのかもしれない。
たぶん当時はたとえ「ふつう」の子ども達相手でもボディペインティングなんてことが「放任」としかみなされてんかったんじゃないだろうか。

私が実習に行った養護学校は、サクション、気管切開、胃ろう(胃に開けた穴からの栄養摂取)や人工呼吸器付けてる子なんかが「普通」にいる学校でしたが、年に1回小学部全員でボディペインティングをしてました。

シーツを3枚用意して、みんな手形足型転がった跡までつけて楽しんでました。
さすがに人工呼吸器の子は手にちょっとだけ絵の具をつけるだけで終わってたけど、他はみんな最低限の所だけガードしての絵の具ぶっかけ大会と化してたからなぁ…。
終わったらプールのシャワーで洗い流して。

ああ、養護学校に行きたくなってきた…。みんなは元気かなぁ。

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わが家は自閉率40%

これは5人家族中、母(著者=千手)と息子(R)のアスペルガーな2人の話。

ちなみに、我が家では父と私が未診断ながら、かなりアスペルガーチックである。
私は以前ゼミで自閉症スペクトラム指数テストをやったら、カットオフ点の33点に限りなく近い31点を叩き出したこともある。
おそらく父も似たようなものであろう。
もしもホントに父と私が診断されていたら、3人家族の我が家の自閉率は66%。
母が苦労するわけだ。

著者にしても息子Rにしても、知能的には高い。
(Rの知能は約130だそうである)
だからこそ出来た教育だったり、出版であるという印象は拭えない。

でも
オモシロイことはオモシロイ。
こんな話が載っていた。

Rが幼稚園でモテまくり、Fちゃんと年中の時に結婚の約束をした。
その後Rが、同じ小学校のIちゃんと結婚すると言ってきた。
母「結婚したいって、ちゃんと言ったの?」
R「言った」
母「なんて言ったの?」

この続きはご自分でどうぞ。大爆笑モノです。

『わが家は自閉率40% アスペルガー症候群親子は転んでもただでは起きぬ
星空千手/中央法規出版/2007年

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クリスマスを待つとき

Pc050211_2 今年もこのキャンドルスタンドを出す季節になりました。
これは幼稚園からのクリスマスプレゼントとしていただいたもの。
ガラスのしっかりした作りで卒園から20年以上経っても現役です。
今、同じものを探しても見つけられないので大切にしています。

私が通った幼稚園は、プロテスタント教会が経営する幼稚園でした。
そのためクリスマスは園の一大イベント。私にとってクリスマスの原風景です。
玄関の上にはリース、玄関の中に大きなクリスマスツリー、ホールの窓には黒画用紙とセロハンで作られたステンドグラス、天井にはアドベントクランツが吊るされています。

Candle2005_1w_2 これがアドベントクランツ。
リースの上にろうそくが4本立てられ、日曜日ごとに1本ずつ灯がともされていきます。(4本目がつくとクリスマス目前というわけです) Banner_christmasmuseum_2
というサイトから画像をいただいてきました。

力を入れるのは装飾だけではありません。
子ども達にとってもクリスマス会は年に一度の晴れ舞台。
クリスマスの降誕劇が他の幼稚園などでいう所の「お遊戯会」「発表会」でした。
私はマリア様にも天使にもなれず、聖歌隊。ホントは天使になりたかったのですけれど。
「おほしがひかる」という歌の1番をソロで歌いました。

Pc050216_2Pc050225_3 リビングを暗くして撮ってみるとこんな感じです。
小さなろうそくでも結構明るくなります。
デジカメの「ろうそく」モードでの撮影ですが、なかなか難しかったです。

Pc050231_2 これは別の部屋の片隅で撮りました。
この椅子は私が小学校に入るくらいまでは使っていた気がします。
小学校の半ばで、当時住んでいた家から今の家に移ったのですが、なぜか捨てることなく今もあります。
確か、前の家のリビングで使っていた大人用の椅子の座面の生地張替えの時に、この椅子も張り替えてもらったはずです。
大人の椅子と同じ座面になったのが嬉しかったのを覚えてます。

私にとってクリスマスを待つわくわく感は、この小さな椅子に座っていた頃と大して変わっていない気がします。
サンタさんの正体がわかってもやっぱり、クリスマスは楽しみです。
近年は街角のクリスマスの電飾も派手になる一方ですが、暗闇にろうそくの明かりが灯ることの嬉しさは忘れずにいたいと思っています。

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